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福岡高等裁判所 昭和25年(う)763号 判決 1950年11月06日

被告人

白川南台こと

白南台

主文

原判決を破棄する。

本件を原裁判所へ差し戻す。

理由

弁護人木下重範の控訴趣意一、二点に付いて。

同趣意書第一、二点において詳論している通りの理由により原判決には刑事訴訟法第三百七十八條第四号、同第三百七十九條違反の違法があるので、この点において破棄を免れない。

(弁護人木下重範の控訴趣意第一点)

原判決は刑事訴訟法第三七八條第四号若くは同法第三八〇條の違反がある。

原判決は理由として「被告人はその世帯名義の世帯員であつた玉山金圭外九名が昭和二十四年二月中いづれも行く不明となりたるに拘らずこれが食糧配給停止の手続をせず又知人伊藤春一が昭和二十四年三月二十日頃他に転出するに付き同人から同人世帯名義の同人外八名記入の主要食糧購入通帳一冊を貰ひ受け以上十九名が実在せず又は架空なものであるのに恰も実在する様に装ひ同年三月九日から五月七日迄十一回に亘り食糧公団福岡築上郡下城井村配給所から同係員を欺きこれ等の者に対する配給名下に主要食糧白米其他合計四一五・一キロを騙取したものである」と認定しその法令の適用につき「判示各所為は刑法第二百四十六條第一項に該当し同法第四十五條前段の併合罪であるから同法第四十七條、第十條により加重をなした刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処する」と判示した、

而して裁判には理由を附すべく(刑事訴訟法第四四條第一項)且つ有罪判決には更に「罪となるべき事実」即ち犯罪の日時、場所、方法、手段、対象を示しての刑法各本條の構成要件に該当する具体的事実を判示すべきで(同法第三三五條)その具体的事実は事件の同一性、単一性を判別し得るものでなければならないことは刑事訴訟第三三七條第一号、第三三八條第三号並に刑法第五五條が削除された事実に照らしても明らかである。

然し乍ら原判決は右に摘示の様に唯漠然と「昭和二十四年三月九日より五月七日迄十一回に亘り」判示配給所より同係員を欺き、「白米其他合計四一五・一キロを騙取した」と判示したのみで具体的にその十一回に旦る事実の内容は全然示されていない、かくてはその判示自体如何なる犯罪事実を認定したものか全く不明である、即ち罪となるべき事実の判示がないのである、それにも拘らず原判決は右「十一回に亘る」漠然不明の事実に対しこれを刑法第二四六條第一項、第四十五條前段の併合罪とし更にこれが具体的犯罪事実の判示なき当然の帰結として処断刑の算定をなし得ないのに拘らず又も漫然同法第四七條、第十條を適用しその算定の因つて来れるところを示さない儘被告人を懲役六月に処した、これは明らかに「判決に理由を附せず又は理由にくひちがいがある」か若くは法令の適用を誤つた違法がありその判決に影響を及ぼすべきことは多言を要しないところである。

第二点

原判決には刑事訴訟法第三七九條の違反がある、

本件起訴状を見るに犯罪事実として被告人は昭和二十四年三月九日より同年五月七日迄の間前後十数回に亘り実在しない者十九名を実在する様に装ひ……白米其他合計四一五キロ一〇〇グラムを騙取した旨記載されその「十数回に亘る」具体的事実の内容は全く示されて居らない。従つて右起訴状の記載のみを以てしては如何なる公訴事実につき審判を求めんとするものかその審判の範囲を決定する「訴因」の明示を欠くものといわねばならない、然し乍ら原審記録を閲するに検察官が右十数回に亘りと記載した個々の行為事実を立証しこれにつき審判を求めんとした主観的意図は十分に窺知できる(例え証拠としての配給通帳の提出等)又右起訴状の記載を最善意に解釈してやるならば昭和二十四年三月九日と五月七日の二回に亘り(「前後十数回中」の)「白米其他四一五キロ一〇〇グラム」の一部を騙取したものとして所謂訴因の明示があつたものとも見ることができるのである、かかる場合原裁判所はこれ等明らかでない事実関係を明瞭ならしむるため検察官に釈明を求むべき義務があり更に右起訴状記載の事実を以て尚一部訴因の明示があつたものと解し得るならば以上審理の経過にかんがみ訴因の追加を促し又は命ずべきであつたといわねばならない。何となれば右起訴状の記載のみを以てしては被告人は自己が如何なる罪状につき訴追せられているかを全く知り得ない。従つてその防禦方法を講ずべき方途がないのである。而して被告人に対し審判の対象範囲を熟知せしめこれが防禦の機会を充分に与えんとした刑事訴訟法第三一二條、同規則二〇八條の立法趣旨を考えるならば又訴訟経済上の観点よりして右法文の字句解釈上は一見「権利」と見られるこれ等の手続行為は民事訴訟法第一二七條の手続行為がその外見字句に於て「権利」と見られ得べきに拘らす判例解釈上「義務」として理解されている様に前記法條の趣意も又「義務」と解しなければならないからである。少くとも起訴状記載の事実より被告人に不利益に判決する限りに於てこれ等の手続行為は当然の義務である。然るに原裁判所はこれ等手続行為の義務行使を怠り被告人に十分の防禦機会を与えずして前敍の如き判決を為したのは明らかに刑事訴訟法第三七九條規定の違反がある(判例タイムズ第二号三三頁、東京高裁刑一二部昭和二四、一二、二二、破毀自判参照)

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